
 根岸吉太郎 1950年、東京都出身。74年早稲田大学第一文学部演劇学科卒業、日活に助監督として入社。78年日活作品『オリオンの殺意より、情事の方程式』で監督デビュー、『遠雷』(81)でブルーリボン賞監督賞、芸術祭選奨新人賞を受賞。映画の他にもステージの演出、アーティストビデオや、CFのディレクションと、精力的な活動を展開中。鋭い時代の切り取り方、確かな作劇術、細かい演出力、描写力は高い評価を得ている。06年公開の『雪に願うこと』は、東京国際映画祭で史上初の4冠獲得を成し遂げ、各映画賞の監督賞も多数受賞した。


 『サイドカーに犬』 6月23日(土)より、シネスイッチ銀座、渋谷アミューズCQNほかにてロードショー!






 ©『サイドカーに犬』フィルムパートナーズ

|  | “女の人を描くということにここのところちょっと興味を持っているんで、もう少しやってみたいですよね”
――これまで割と男目線の作品が多かったと思うんですが、この作品はヨーコさんといい薫といい、女性の視線から撮られていますよね?この作品を撮ろうと思われた理由ってなんですか?
「女の人は撮りたいなと思っていたんですよ。・・・まぁ僕はロマンポルノからの出身なんでね、ロマンポルノの時代から映す対象としては女の人を撮ったり裸にしたりよくしているんですけど、いつも男側から描いていたなと思ってたんで。だいぶ前から女の人を撮りたいなって思ってたんですね。そういう時期にこういう原作と出会ったっていうのが一つと、なおかつこの原作がこういう映画を見てみたいなと思えるような原作でしたから。・・・女の人を描くということにここのところちょっと興味を持っているんで、もう少しやってみたいですよね」
――どうしてそう思われるようになったんですか?
「どうしてなんですかね。『透光の樹』と『雪に願うこと』とこれ『サイドカーに犬』と大体同時進行でずっと考えていたんですけど、『透光の樹』というのも割りと女の人を描いてはいるんだけど、完全に女の人側というんじゃないんで。・・・どうしてっていうのはよくわかんないですね(笑)。よくわかんないけどやっぱり、わからないものだから撮りたいというのと、それと今までの人生でいろんな女の人を見てきて、わかったつもりになっているところ、それが両方交錯して撮りたいなという気持ちになるんですよ。なんか面白いじゃないですか?男の人が考えているより、女の人が考えていることの方が最近。そんな気がするから、たぶん女の人を撮りたくなったのかもしれないですね」
“僕が撮ってた映画の延長線上にあるような素材なんですよ”
――時代設定が80年代ですが、撮る時に時代考証などで苦労されたことってありましたか?
「モノがないってことですよね。20年前のものは探すのが結構大変でした。コーラの缶ひとつにとってもないですからね。あれは大コレクターがいるんですよ(笑)、コーラ関係の。コーラグッズコレクターがいるんですよね。その人にお願いしました。みんなそれぞれのプロじゃないと。パックマンのテーブル状のゲーム機とかナムコいってもないですからね。だからみんなひとつひとつ、車ももちろんそうですけど、モノが大変ですよね。それと余計な物、今のものを逆にどかすのが大変なんですよね。バスの外ですれちがう車が今のものが出てくるだろうって手ぐすねひいて見てますからね(笑)。時間かかって大変でした。でもよく集めてくれて、そういうものひとつひとつが彩りになって懐かしさみたいなものを高めてるから」
――監督の80年代前半で思い出すことってありますか?
「たぶん、『ウホッホ探検隊』とか『永遠の1/2』とか撮ってた時が僕のフィルモグラフィにおいてはこの映画の年代だったと思うんだけど、今度の『サイドカーに犬』っていうのはその時代に僕が撮ってた映画の延長線上にあるような素材なんですよ。子役を使うっていうのも『ウホッホ探検隊』のときは男の兄弟だったんですけど、それ以来なので。なんかそういうめぐり合わせは感じますね。けど特に“自分のなかにとって”とか“自分の80年代は”っていう風にはあんまり強く考えなかったですね。ただ原作者が育った時代とか、薫っていうこの映画のキャラクターが大事な時間を過ごした時代として80年代があって、その80年代が彼らにどういう意味をもつのかなって考えて撮りましたね。まぁ時代考証的にはあまり厳格にやっちゃうといろんな風に破綻していくので(笑)。少しずつ幅をもって、なんか80年代前半的なものみたいなくくり方なので、あまり追求されると困っちゃうんだよ(笑)」
“やっぱり母親の影響は消えるものじゃないと思うんだよね”
――女性と子供が初めて出てきたということで、これまでも『雪に願うこと』も家族の話でしたが、これは子供が出てくるのでより家庭っていう色が強いなと感じましたが、そこに意識をおかれていたりはしたんですか?
「やっぱり薫の映画なので、薫がどう思ってるかっていうことが一番大事で、家族がどうあるべきかとか、この家族はどうなんだって判定を下すものではないと思うんですね。薫がこの家族をどう見ていたかっていうことを監督として見極めたいなって思いましたね。ひとつは女の子なので母親の影響は無視できないなと。ほとんど母親は頭と最後にしか出てこないですけども、母親から受けた影響は僕も頭の隅で一方に置きながら、その影響を受けている彼女が、いなくなったから忘れちゃってっていうんじゃなくて、その影がずっとある中でヨーコさんとの関係がだんだん深まっていくっていう風にしていきたいなってずっと考えてました」
――割と母親が遠い存在だったんじゃないかなって思っていたんですけど。出て行く前の日も子供と向き合うわけじゃなくて台所を掃除しているじゃないですか。
「でもそういう母親がいる大変さってあるじゃない?(笑)いなくなっても、やっぱりそれは消えるものじゃないと思うんだよね。それって現在の薫になってもずっと影響していることだと思うんですよ。だからこそそれと全く正反対の人が突然現れたひと夏が意味をもつって思うんです。そういう意味で家族っていうのは考えてましたね」
――僕が一番感じたのが、理想の教育の形が映し出されているな、と。
「ははは」
――教育って呼ぶのも間違いなんじゃないかというくらいの理想の形が出てたなと感じたんですが、そういうものを撮ろうという意識はあったんでしょうか(笑)?
「ないです(笑)」
――(笑)。年功序列だとかっていう人間関係の名前があったとしたら、これは新たな「サイドカーに犬」っていう人間関係だと(笑)
「(笑)。人は人を見るときにどうしても肩書きだとか、これまでのイメージとかいろんなものがまずあって、それから逃れられないのね、人っていうのは。そういうものを、やりとりしていく中でなるべく早く捨てられるというのは結構コミュニケーションの中で大きなことだと思うんだけど。ヨーコさんの中に割りとそういう資質があるというか。言ってみれば薫に対して子供だっていうことを割りと早めに捨てて、薫っていう一人の人間として付き合って、そのことを薫が感じて。そういうことが結構大事だったんじゃないかなって思いますよね。だから大人の人だとか、お父さんのガールフレンドだとか、麦チョコ買ってくれる人だとか(笑)、そういうことが早い段階でお互いになくなって、それがヨーコさんが薫に対して子供扱いしなかったっていうことだよね」
公開情報
□2007年12月21日よりDVDリリース
2007年6月23日(土)、シネスイッチ銀座、アミューズCQNロードショー
2006年6月30日(土)全国ロードショー
LINK
□作品詳細『サイドカーに犬 』
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